たぶん過去2回くらいは書いてるので。(表題)
まぁ、書いたんですけど、
で、
の記事中の、
萎縮しますね。
自分で書いた記事の紐付けもしてますけど、その中にも書いた通りです。
萎縮します。
ビクビクします。
震えます。
手が震えたり 口元が震えて喋るのが拙くなったりします。
や、叱られる ってんじゃあなくて、怒りを、怒ってるんだな って表現を私に矛先を向けて来られた方が多くみえまして、それがいつまでも刻まれているんですよ。
一度怒られると、もうその人はよくわからないけど怒る人だ、怒る人なんだ、
怒りで私の言動をコントロールしようとしてる?
怒りで私の思考を侵そうとしてる? 正常な判断がつかないようにしてくるの?
だったら従っておいた方が私の安心の為になるよね??
………ってなりますよねぇ。
で、
尚且つ、他人の普段の言動をして、動きやすいように分かりやすいように返答しやすいように振る舞う。
もう、“私” はどこにもいない。
求 め ら れ る “ 私 ” しかない。
本当の自分だとか、本音だとか、誰に向けて本心を話すとか、
どうでもえぇわ。
あぁ、否定しない人がいいですね。
誰も私に対して怒らないのなら。
私は自然と、勝手になんかやってますよ。
や、法律的にアカンこととか、そういうことなら怒られてもやむなしやと思いますよ。
せやけど、怒ってくる人は勝手な理由で / 勝手な都合で怒って、それをわざわざぶつけてくるワケですよね?
怒りを露わにすることと、人に向けること / ぶつけることは違うよ。
「相手の気持ちが気になる」は相手のことを考えているようで、実は「自分がどう思われるか」と自分のことを考えているのだと気がつくと、ほんとうに相手にとっていいのはこちらが先に開いて、こわくないですよ、あなたに関心がありますよ、と見せてあげることだとわかるよ。
— 桜林 直子(サクちゃん) (@sac_ring) 2020年2月1日
言うても私は他人がこわいので。
他人がいつ、なんとき、凶器を / 狂気を振りかざしてくるのか分からないので。
それに対して身を守る為に薄い関心を伸ばすのですよ。
私を守る為に。