藤麻無有彌の日記:||

藤麻無有彌(とーま・むゆみ)がダラダラしています。

“『愛』というか、『余裕』”

 

 

『愛』って言葉が胡散臭いというか、信用ならないと思ってるので
一般的に『愛』と捉えられてる言葉の意味合いについては『余裕』で通じるし、わかりやすいな って思いました。


どうしても私は、愛という言葉を使って粗暴に勝手な価値観をぶつけてくる人を思い出してしまうので、安易に容易に『愛』って言う人 信じられないんですよ。

ストーカーだって「愛してる」っつって迷惑千万なことするワケでしょ。
ご自身の一方的な思い込みを相手にぶつけることが『愛』ってことでいいんですかね。


で、

『愛』がどうとかということはさておき、
『余裕』のある人 っていいですよね。頼りたくなります。甘えたくなります。
メンタル的にも焦るような慌てるようなこともなく落ち着いていて、色んな物事を受け止める度量があって。
経済的な意味でも『余裕』がある ってのはとてもっょぃ。


余裕のある人が大人 って感じがしますもの。
憧れますね。

興味深い視点 解釈ですね。




しかしまぁ、なんでもかんでも「えぇよ」「えぇよ」と許すことが、余裕のある態度ではないし。
意見の食い違いや、明らかに間違ったときにどう示すことが『余裕』なのかな ってのは自分に問うところで。
私の場合「えぇよ」と言いながらその実「どうでもえぇわ」思うて、相手の為にもならないような、今後の関係がいつ無くなってもいいような態度で「許し」そうで、
それ全然『愛』じゃなくて『無関心』じゃん とも思うので、難しいところだなー と思いました。