藤麻無有彌の日記:||

藤麻無有彌(とーま・むゆみ)がダラダラしています。

“『ノーナレ「春を思って〜コロナの風景2020-21秋冬〜」』を見た。”

NHKの『ノーナレ「春を思って〜コロナの風景2020-21秋冬〜」』を見た。

www.nhk.jp

 

 

昨秋、11月の酉の市から、年が明けて、杉並区の成人式の様子まで。

 

いやぁ…、普通の人の普通の日常、色んな日常の景色。
みんなよく生きてるよね。
季節の行事とかやりながらさ。

 

 

よく生活できてるよね…。
感染リスクとかもあるしさ、でも仕事しないと収入なくてやっていけないもんね…。

私、普段の生活でもさ、どこか外食行って、その店の人がお客さんが利用したあと、いちいちそこかしこ掃除して消毒までやってるの見てると、ほんと手間で大変で、すごいな って思うのよね。

外食店さ、普通に清潔に保つだけで大変やん。そこらじゅう掃除してさ。
それに加えて消毒もだよ。
見た目ではわかんないやん、お客さんが何処触ってるかなんて。
だから触ったと思わしきところは掃除やら消毒やら されてるワケじゃない。


なんかさ、見てて妙に感傷に浸って。
七五三の撮影してる家族とかさ、マスクにトナカイの鼻付けてた子供たちとかさ。
こんな時期でもさ。『普通』を過ごしてさ。


で、最近の 緊急事態宣言 が出たあたりもやっててさ。

休業してたりね。


ま、みんな大変なんだからどうにか乗り越えていこう って空気だとは思うけどさ。
うん。

 

“わからない前提 から”

tohma666.hatenablog.com

 

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ところでちょっと前の『しいたけ占い』でこんな部分が、

voguegirl.jp

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何度も書いてることですけど、相手の持ってる考え方は自分と違う。
同じ言葉を使っていたとしても、全然通じないことがある。
価値観とか思い込み の話だけではなく、単語として、言葉として 国語として 意味を捉え違えてることもある。(それも『思い込み』と言えば まぁ そうなんですけど。)

ミノタウロスの皿 | HOTワード

藤子・F・不二雄ミノタウロスの皿 より。)



その思い込みの自覚もなく、自分と相手の思ってる『普通』は同じ『普通』なんだと思い込んで、「なんで分からないんだ!?」と感情的になったりね。
癇癪を起こしてな。


わからない前提から、分かり合う為に、自分の『普通』を疑ってみたり、相手の『普通』を推察してみたり、双方の価値観の擦り合わせを適切に出来たらいいんですけどね。

そこで感情論になったら、感情の大きな方の駄々に折れて差し上げるしかなくなってしまいますからね。
(ま、それも『主観』を 絶対 とするなら、別に慮り合う必要も無いのでしょうが。)

わかろうとする努力をしたい のなら、ね。

“感情を書き出す。”

 

元ツイの方が先ず、「わかる」って感じなんですけど、
学生時代のこと ってずっと覚えてますからね。
これを書いてる時点での 私の最近では、あまりないですけど、ちょっと前とかは普通に私も夢に出てきましたからね。
中学んときにイヤガラセしてきた人のことを。
いじめ してた人 というか、『大きな声』で場を支配していた人のことを ずっと覚えてる。
そのときの教室のシチュエーションとかも覚えてる。
当然、そいつの名前も覚えてる。

で、似た状況とか近いことに怒りを重ねて、呪うことを続けているのが現状。

 

(でも、『心の勉強』とやらをしていたヤツすらも、おそらく過去の怒りに重ねて攻撃してきたことがあったり、また その場で『変わらないことを許可』もしていたので、結局その場で『声の大きい人』、『場を制した人』の勝ちじゃねーか、と、思ってしまうもので。)
(で、その 勝ち じゃねーか と思った、理由というか根拠として、『結局、声のデカいヤツが支配するんだ』という価値観に結びつけたのは、私の固定観念の問題でもあるんのですが。)
(ただ それを、攻撃してきたヤツに『責め』の理由として使われたくは無いですが。)



 

 

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ただ、一番最初に引用ツイートしたやつは、ツイッターに書くことについてでしたけど、そこはインターネット、SNSは魑魅魍魎が蠢いてるので、変なところから厄介なことになっては困るので、ネットに書くときには表現を改変して書いてますけどね。
特定の名詞なんて出さないこと大事です。
(特定の名詞を出してた人もいましたが。やらないことが大事。)

“感情を書き出す” という今回タイトルですけど、『感情を吐き出す』ことについては過去のブログでも書いてきてる通りです。


引用したツイートに「文法文章かまわない」ってありましたし、私も自分のツイートで、「支離滅裂を許可した」って書きましたけど、
なんだかわかんねーけど、過去の鬱積やら苛立ちやらが全然消えなくて とにかく死ね みたいな気持ちをひたすら書く。
出来たら感情も紐解いていくのが理想ですけどね。
反応に反応してるだけだと、どこが起源での感情が生まれたかわかんなくなるので。


で、
ネットに書けないような、特定の名前とか残虐な表現はノートに書くとかね。
考えてしまうことでも実際にやらない為には しっかりその感情があることを捉えて吐き出してしまうこと、書き出してしまうこと それが大事ですよね。

私も上記ツイートをした日には自分のノートに / 紙に書き殴りましたし。

私は全然、過去から今に至るまでの鬱積が消えてないのでね。
だから呪い殺すとか言ってしまうワケなんですけど。

私が私を救う為に、私を大事にする為に、今の感情をしっかり捉えて、人にぶつけずに出していきたいです。

“『ヒーリングっどプリキュア 42話』を見た。”

 

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嫌うの って難しいですね。
拒絶するの って難しいですね。
助けない って難しいですね。

物理的に距離を置くことが出来たらいいんですけどね。


なんかね、拒絶をすることで、逆に執着されたらイヤだなとか、
余計に執拗な嫌がらせとか攻撃をされたらイヤだな ってのがあるんですよ。

…まぁ、それは私が執念深いから ってのもありますが。



主観的な視点に立たせてもらうと、私としては、
不満ばかり並べてまでずっと私に関わってほしくない。
我慢したり、我慢させてまで関わり続けたくない。

(これは仮に、私が無自覚に誰かに我慢させているかもしれない という視点を除きます。)

文句を言いながら、不平不満ばかりぶつけながら、ずっと攻撃的な感情をぶつけられながら、そちらさんの言うことばかり聞き続けなければならない …というのはイヤです。

 


互いに良い関係を結ぶことが出来ない相手 というのは存在しますからね。

どうしても私は、自分がそうだったらイヤで迷惑かけてたらイヤだな… とか思うのもあるんですけど… これは私のエゴでもあるんだけど。


でも、そういう面倒な相手とは距離を置きたい、
親切や優しさを向けたくない って人はいるんですよ……。

“『三点リーダー症候群』”

www.news-postseven.com

 

なるほど…。
テレビで紹介されたらしいですね………。


こういう煽りをされると逆に使いたくなりますよね……。

というか、『三点リーダー』なんですか、『三点リーダ』なんですかね…。
後者かと思ってたんですけどね…。


というか、結構前にも、『三点リーダ』について言及した記事をネットで見た気がするんですけどね………。
そのときに見た記事の記憶では、
「自分の意見に自信が無いときに『……。』って使う。」
と見たもので… たしかに… と思ったものです。

「相手のせいにするズルさも…」と見出しにありますけど、
意味としてはきっと同じことを込めておられると思うのですよ…。
というか表現がズルいですね… 「相手のせい」じゃあなくて、
相手に自分の意見を委ねてるのですよ…
(記事、本文中にもありますけど…)
自分の意見を押し付けるみたいでイヤじゃないですか…。

というか私はいつだって自信が無いですからね……。
毎日、日々、「生きててすいません…」って思いながら生きてますので……。

この世で邪魔にならないようにうまいこと退席しますので…。


ところでリンク先記事の本文を読むと、後半にはテキストでの伝わり方がどう伝わるかが難儀だという旨で、それ最近私がブログで書いてることでもあるんですけど、
同じ言葉使っててもどう伝わるかは分からないし、口頭でのニュアンスとの違いもあるし、言葉の意味を捉え違えてる場合もあるからわからないですね…。


ま、なんにせよ、曖昧にしたい気持ちがありますからね。
三点リーダー』なのか『三点リーダ』なのかも曖昧ですし……。


言いにくい言葉を、『……』とか『()』に入れたりしますよね……。

(ポストセブンのサイトはうざい広告ばっかりですね……)

 

 

ところで何度も言うんですけど、『…。【サイレンス】』ってヴィジュアル系バンドがあるんですがそれは……。

twitter.com

 

(『…。【サイレンス】』、公式HP無いんですよね…、想さんのバンドのほうはあるけど……)

emmuree.jp

“おちん○ん”

 

 

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(画像は先日テレビで放送された、実写映画『かぐや様は告らせたい』より。)

 

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世の中 金ですよねー。

“『嫌悪を持つ対象』 と 『(≠悪い人)』”

 

 

 

 

一貫してトータス松本さんはテルヲを『悪い人』だとは言ってなかった。

 

朝ドラ『おちょやん』で主人公の父親を演じているトータス松本さん。
朝ドラ至上最低の父親だということで各地で言われてるとかなんとか。

んで、先日、あさイチの金曜日、プレミアムトークで出演されたときの様子が上記です。

テルヲを『悪い人』だとは思ってない。

そして、「今後やってみたい役柄がありますか?」という問いには、
「悪い役をやりたい。テルヲは違うから。」と。



嫌悪する対象と、悪人 は違う。


ああはなりたくない、ああなってしまっては人間としておしまいだ。
最低なヤツだ。
…と、いうことを分かって忌避しているということ。
『わかっている』感覚が、見ている人に『ある』ということは、
トータス松本さんの仰る通り、誰の人の中にも “テルヲ” のような感覚は存在している ということ。


「テルヲは解決策を持っていない。自分が幸せなら周りも幸せと思う人。」

 




この感覚。
持ってますよね??
誰しもが。

今まで書いてることの繰り返しにもなってしまうのですが。




でも、人は自分の中にある『無自覚なおぞましさ』を認めない。

でも、主観的な感覚を大事にしてもいい というのもまた事実で。

主観的に自分が気に喰わない対象に対して、仮に相手の中に自分を見つめるような『同族嫌悪』的な感情であったとしても、
相手の中に、自分の未熟で稚拙な 愚か な面が見えたとしても、その行為をしている相手を恥じて、それを見つめる “自分” が一方的に批難して叩き潰してもいい というのは、どこでも誰でも繰り返してきていることでしょう。


あなたも私もやっていること。
都合の潰し合い。

あなたにとって私は 都合 の  悪い 人。

あなたにとって、私にとって、そのときその場のご都合が満たせられたらそれで 良い 人。
それでこそ 良い人や。


「それでこそ おれの娘や!」











…ああなってはいけない と思う。
嫌悪を抱く感情があって、内心、そういうご都合主義的なことを考えていながらも、それを嫌悪しているので、
 そ れ を 外 に 表 出 し な い ことで、周りの人と良い関係を結びたい気持ちがあるから、相手に対してイヤなことをしない心がけをしているような。

それに長期的に考えるならね、相手のことと自分のことと両方考えて建設的な考えを持っていったほうが、より大きな幸せになると思うんですよ。
勿論、自分が我慢し過ぎてもダメだけど。



思っていることと、それを言動として外に出すことは違うのでね。
だから嫌悪感を感じるような 傍若無人厚顔無恥で人を困らせるような気持ちも自分の中にはあるけれど、自覚して認めておいて、それを 決 し て やらない心がけをする。
それだけですけどね。

(ま、それを他人に向けて、『責め』として、そういう悪感情があることが間違いだ だなんて『責め』たい気持ちを使ってはいけませんけどね。)
(というか、そういう悪感情が一切ない、自分は清廉潔白で、そういった仄暗い、澱んだ感情は一切持ち合わせていない清く正しい人間なんだ って人の方が、マジクソ嘘っぽいでしょうに。)
(ご自身で「圧倒的に正義だ」なんて言ってる人、かなりコワいですわ。)