藤麻無有彌の日記:||

藤麻無有彌(とーま・むゆみ)がダラダラしています。

“降り積もる憎悪”

 
ちょっと前にプロ奢さんがツイッターでフェミから絡まれてた記憶があるんだけど、本人はもともと特に偏見とか持ってなかったみたいなのに、特別に男女に差別を感じる人からリプライを貰っていたらしくて、
「男は力があるから言うけど、華奢な男だっているでしょ?」
とかツイして応じてたけど、まぁそれがリプライ飛ばしてた人に通じたかどうかは分からないし、
差別感情とか持ってない状態だったのに、何かに勝手に火が付いた外野が、片一方からの圧を加えると、余計に偏見を植え付けてしまうという悪影響を自ら与えてしまうものだな、ってなんとなく思いましたよ。

男女での差別での「これだから男は~」とか「これだから女は~」とか特別思ってなかったのに、片方の意見が強い人から言われて、余計に忌避したくなる気持ちになりますよね。


まぁ私もね、所謂リア充のウェーイな集団みたいなものは中高生の時期に あまり良く思わないコトを体験したりしたこともあって、それで苦手意識があるんですよ。
そういう集団にね。
今でも、そういう中高生よりかは私のが年上なんだけど(おっと私は17歳という設定だったな)、中高生の集団がこわいと思うことはあるし、同じく大人の男性の集団がこわい と思うことはありますよ。


人それぞれ個性があって(汎用的なワードだな)、それが致し方ないコトもあるワケですよ。
で、そんなときに、『これこれこういう人だから』と、公的な枠組みを敢えて設けることで当人が安心するならいいんですよ。その枠組みに入ることで『私は仕方ない』と安心できるなら。
ところがそれが右だ左だ上だ下だ前だ後だと勝手に枠組みに他人が嵌めては攻撃対象にする っていう。
人の違いを攻撃対象にする っていうね。目的意識を増やしてしまうんですよねぇ。

そら誰も悪くないですよ。
仮に無自覚な攻撃、最善の手段であったとも思うんよ。基本、誰も悪くない。
けど、『私は悪くない』ということは、『誰かを悪い』としてるんじゃないか って疑問を忍ばせてみるんですけどね。
最善の手段を採った というコトはその反対側もありますよね? っていう。

mooth1006u3.hatenablog.com



以前に攻撃された理由にしたって、最初に攻撃されたことも特に理由はなかったハズなのに(あるとしても最初に攻撃した人の自意識の問題だと思うんですけど)、後付けの理由でどんどんカテゴライズしていって、「これだから」の「これ」を増やしていくんですよね。

と、言ってる私も、過去の鬱積がすごいので「この人のこういった行為はこうだから~」とか私の中の「されたこと統計」にデータとしてどんどん上書き保存されてストレス容量が増加していくんですけど、その統計データも不正があるかもしれなくてどこまでが実際のデータに基づいているかなんて分からないんですけどね。
ま、私は私の統計データを疑いながら、攻撃を向けずに努めていきたい…とか書いていきながらもその中で誤ったデータも累積していってることが纏めて憎悪として鬱積を積もってしまって、爆発する火種を増やしてるなー

…っていうコトは勘違いも含めて攻撃を肯定していけばいいのかな?
八つ当たり込みで?

吐瀉物を介抱してる女性が攻撃されるような事件もあったくらいで?


事象に即時反応する自身を省みも出来ずにその矛を他者に向けるなど。先ずは立ち止まり。

また、自らを傷つけることもせずに、憎悪にも結び付けずに。