藤麻無有彌の日記:||

藤麻無有彌(とーま・むゆみ)がダラダラしています。

“東日本大震災から1ヶ月”

2011.03.11. 東日本大震災から1ヶ月。
もうちょっとなにかしら、地震が終息に向かうとか、復興に向けて、少しは明るい兆しが見えるかと思ったら…なんだろう…まだ油断ならない感じ…。

先週、宮城で震度6強の地震があったかと思えば、昨日も福島で震度6弱
電気とか水道とかライフラインがやっと整ったかと思ったらまた途絶えたり。
ホント、地震 いい加減にしてほしい。



ところで、東北方面の被災されたほうと、それ以外の地域とかでは“普通の日常”が乖離しているような感じで。

いや、無理もないんですけどね。
しかし、無理もないとはいえ、もうちょっと寄り添うコトは出来ないものだろうか とも思う。

テレビで報じられる現地。twitterで知る現地の人の声。メディアが報じる原発。メディアがあまり報じようとしない原発
不眠不休で救援活動をされてる方。自身が被災されても救援活動をされてる方。
不足する環境に耐える方。不足する環境にただ怒る方。
改善されない現状に嘆く方。一貫して冷静な方。
ただ ご自身の役目を純粋に果たしてる方。


いろいろです。
その 反応全て、“わかる”ことだし、仕方のないことでもある。
…けど、仕方ないとは思いたくも無いコトもある。

昨日の地震もだけど、先週7日の地震も、さすがにちょっとこれは心が辛くなる。


未だに安否不明の方が1万人以上みえるとか。

原発の問題が終息してないのが、救援活動に支障をきたしていたり。
原発もなぁ、基本、私は反対なんやけどね。今の福島第一の惨状を見るに。てゆーか世界で唯一の被曝国が、自らの国が運転する原子力発電がもたらす被害に苦しめられる ってどうなの。

昨日の選挙関連のニュースで、新潟柏崎の原発に関しての市民の声とか、別の番組でも山口県上関町での原発の是非の声とか見ると、現地の声だけでも単純に意見は二分されているようで。
現地の市民が原発に賛成なのは、助成金や、原発で働いてる人の雇用など、活性化もあるようですが…。



雇用・仕事などに関しては、やっと最近になって工場が稼働し始めてるのかな。
東北方面の工場がやられてしまったことにより、日本全国はもとより、世界にまで影響が出たり。
仕事や、職場がなくなってしまった人がいたり。
被害を受けた職場が経営難でやっていけなくなって、働けない人がいたり、他の地域の人も部品が無いなどの理由で仕事が無い人が多く出たり、リストラが発生したり。

景気的には、消費の落ち込みが見られるとかありますが、まぁ、こんな社会の空気だとあまり消費活動する気分になれない、っていうのもあったり。いざって時のために散財したくない、っていうのもあったり。
そもそも仕事が無いんだから消費するようなお金もない。とか。


現地はいまもなお、万単位の方々が避難所生活。食糧も衛生面も満足とは言えない中暮らしてる方もみえたり。病気とかね。体を悪くされてる方もみえるでしょう。
じゃあ、県外へ避難したらいいのに という意見も東北以外の人から上がったりするけれど、農業や漁業を生業にされ、地元を愛してらっしゃる方々が地元を離れるのは苦痛。
集団疎開という措置を自治体が取られたとこもありましたけど、まだそれならアリだと思うんですけどね。まだマシかと。
あまり小規模な単位で疎開を試みても、アテが無かったり、お金が無かったり、仮にどこかに住ませて頂くにしても、仕事が無い状態で申し訳ない思いになったり。


というか1ヶ月経っても、全容がよくわからない状態で。
ホントもぉ、国、なんとかしてほしいね。

そして被災地以外の人も。
『がんばろう日本』とかどうでもいいんですよ。がんばってる人はがんばってるし。
がんばっちゃってて、バーンアウトしてもいけないし。
なんか心がギスギスするのは変わらないもの。
消費促進とか別に消費活動 し な け れ ば い け な い こ と は 無 い もの。
もっとフラットに生きれるハズだもの。

不安や不足を嘆いて、幸せが足りないからって、満足が足りないからって、怒ったりしてもどうしようもない。
そんな怒ってばかりして、自分の不満・不幸せを主張しても、解決にはならない。
怒っている正体が見えないものはコワい。


全ての人が、 
不安が、少しでも軽くなりますように。