藤麻無有彌の日記:||

藤麻無有彌(とーま・むゆみ)がダラダラしています。

“絶望の国の, (まぁ一応)幸福な ひとたち”

[外部リンク] : 『最初から絶望してる』(24時間残念営業)

リンク先記事の冒頭リンク先記事を読んでから 読みましたけど。。。


別に自分だけが被害者だといって被害妄想全開で誰かを攻撃すればいいワケなんて無いんですよ。みんな大変なんですよ。でも誰もが自分の大変が一番大変で、他人の大変なんか屁みたいに思うんですよ。もうこれは致し方ない。

けど冷遇されてる人が報われないのはイヤだし、ワガママ振るわれて“大きな声を出す人”だけが許されるのは腹が立つんですよ。

私も接客業・小売業してますからね。
小・中学校でいじめられた経験あんのに対人業務やってる。

だからメンタルは全然強くないですよ。それはもう。だから自殺志願者掲示板も見てたし、神経痛もなるし、腹も下すし。

けど向き合わないのは一番イヤだな ってのがあって、ずっと戦ってるんですけどね。
私はもぉ、私を抑圧してきた人たちに復讐がしたくて仕方が無いんですよ。

“上”のひとたちが弱い人たちを理解しないまま理解したフリして善意に陶酔してるのに腹が立つし、コミュ障だといって誰とも関わろうとしないクセに他人を批難・批判してばっかの人も腹が立つんですよね。


で、

私は色々な人を見てきて、客商売もしてきて、人のクズっぷりなんてフツーに目にしてきたワケですよ。
人がクズなのは仕方が無い。誰だって自分を正義の価値観においてしまえばそこからこぼれる人なんて当たり前に出てくるもので。
でもそこで自分の正義を強要するのはホントの正義のすることじゃない。


アタマの沸いてるような人はいますよ。
そんな人とは関わらないのが一番です。
でも誰かしら関わらないといけない人がいる。仕方ないけど関わらないといけない人がいる。

誰かに面倒を押し付けて逃げてしまうことが“自立支援”だといって 強くなれ というのは無謀な話。

そして誰もが頑張れば出来る人ばかりじゃないし、努力すれば実る人ばっかりじゃない。

共通の価値観に従って、大多数の人が ある対象者を“敵”と認知したとしても“排除”にはためらう人も出てくるだろう。
共同体にとってのイレギュラーな存在 というものに対して どう対処するというのか。
決して 殺さずに。
殺したら理由がどうあれ罪であり罰を受ける必然が待ち構えていたとして。





勿論私もこんなコト書いていながらその傲慢さを自覚しなければならないのだけど。
自らが自らのエゴとナルシズムを知り・自らを反面教師にも し 研鑽することが果たして出来るだろうかと。