藤麻無有彌の日記:||

藤麻無有彌(とーま・むゆみ)がダラダラしています。

“名前の話 #2”

これの、

[ブログ内リンク] : 『“今週のお題「名前」”』

続きというか。




イギリスでのキャサリン妃が出産されたお子さんの名前が『ジョージ』でしたっけ。
それでいいんですよ!ほんとそういうフツーのがいい!



ここで所謂、DQNネーム的な話に対してのツッコミがあるワケですよ。
変な名前にして、読み仮名…ルビふらなきゃいけないような名前つけやがってとか思うものですよ。
バカじゃねー!!wwwwwwww
とかさ。
先日も、某・客商売で出産の内祝にお子さんの名前を熨斗の下のとこに名前入れるっつー話で、名前の漢字がもぉ読めねーのw
や、ルビ振ったそうですけどね。
普通に音読み・訓読みで読みにくいような名前なんてなんで付けるんだよw と。


…というのは定番のツッコミ。
私がここで言いたいのは(なにこの『怒り新党』的なノリwwwww)、
“子どもに付ける名前に、子どもっぽい名前を付けること”
です!!“どーん!!”(尾田的擬音効果) 

たとえば『ひな』ちゃんとかね。
(漢字は色々ありますが。たしか命名ランキングでも“陽菜”とかランクインしてたよね。)
『もも』ちゃんとかね。
男の子はあまりイメージ湧かないねー。
『はると』とか『れん』とか。まーまー、これはいいんじゃないかな って思うけどね。

いやさー、これ完全な主観のイメージになるんだけど、『ひな』ちゃんとか『もも』ちゃんとかが老いたときに、その名前を呼ばれるときその貫禄を名前から感じるかと。

「ひなさん老人ホーム入ったってよ」
とか言うのよ。いずれ。
(『桐島〜』的ノリでw)

いや、もしかしたら、なんだかんだ言って、名前からの…語感からのパブリックイメージに囚われることなく、個人の名前に対してそれぞれの印象なんて異なるものかもしれませんけどね。
ただ同じ名前、って意識しません?だからどこかパブリックイメージからは免れられないところもあると思うんです。
(皇太子さまのお子さまが愛子さまで、当時同じ名前の有名人がメディアでの反応を見せたことがありましたけど。)

だから生きてきた時代によるのかもしれませんけど、名前にはイメージをどうしても伴ってしまうものだと思うんです。


そしてここでもう一つの例を上げるとして。

先日亡くなられてしまいましたけど、男性長寿世界一だった人の名前は、
木村次郎左衛門さんでした。

お生まれの年代が、明治時代という背景もありましょうが、それを考慮しても…

と、ここまで書いてきてアレですが、木村次郎左衛門さんのウィキを見たら、生誕時の名前違ってた…。orz(これまでの理論飛んだー!?)

生誕時の名前、“三宅金治郎”さんでした。。。

(いやさ、私がここで書こうと思ってたのは、「生まれたときに次郎左衛門って付けるんだぜ。どんだけ先見の目持ってるのよ!?」ってコトだったんですけどね。)

婿入り時に改名(?)ですか(ウィキより)……ほう…。
(9代目? 歌舞伎役者さんみたいに名跡継ぐものなんですか?)



じゃあ変なDQNネームの子どもで、成長して気に入らなくなったら名前変えちゃえばいーじゃん☆
(たしか本当に改名できますよね?戸籍上。たしか前なんかのお悩み相談サイト的なところで見たような…『変な名前だけど改名したい。でも親に反対された。友達には違う名前で呼んでもらってる。』みたいなさ。)

名前に想い込めたとかを気にするかもしれないけど、あまりにもアレな名前で読めないことを子ども自身が大人になって困るようになるんだったら仕方ないかもね。
だったらやっぱり大人になっても自身で責任を感じる名前を付けてほしいと願うものだね。


ああそうだ、あと最近テレビで見たんですけど、小児科医療の先生がツイッターで発言した内容が取り上げられてて。読めない名前で名前を付けられるとカルテ間違えるとかそういう取り違えるおそれがあるから あまりに変わった名前はご遠慮頂きたい っていうのを見ましたね。
あぁ、そういうコトが現実的にある問題なんだな って。
勿論、お医者さん側はちゃんッと配慮なさるでしょうけど、その前に。ね。



ところで私はさんざん書いてますけど、自分の名前があんまり好きじゃありません☆
読みも書きもよく間違えられるので。(一応漢字変換したら出るんだけどね。ただ人からはよく間違われる。)
(ついで言うと小学校時代に名前(苗字のほう)をネタにしてイジメも受けたので、名前がフルであまり好きじゃないお☆)


だから私は“名前”に対してどこか意味の無いものだと思ってますし。
ネット上でもサイトによってハンドルネームはバラバラだし、母体となる名前も全くほかのH.N.と関連付けてなかったりしますし。
ずっと身内向けに名乗ってるP.N.も思い入れはありますけど、いざとなったら捨てればいいとも思ってるし。

(PIERROTの“FOLLOWER”という歌の歌詞に、『中途半端に決意まげないで 開き直ればいい  大衆はすぐに飽きるから ナマエトカカエレバ』っていうのがあるんですけど、これ少し琴線に触れたよw)

思いを込めることも大切だし、唯一無二・オリジナルでオンリーワンってコトも大切だけど、分かり易さというか、
個人的に思うことは 大切な人を呼ぶ名前の 呼び易さ(上記のお医者さんのコトもありますえけど、フツーに呼ばれる言葉の心象もありますから。) も大事だと思うよ。
字面の見た目の語感と、音の響き。両方ね。あとそれで画数とか気にしだしたらとんでもないコトになりそうだけどさ。


(とまぁ、『名前に意味が無い』と言っておきながらこのこだわりようをお分かり頂けただろうかwwwwwwwww)