2011.03.10.O.A. BS hi
プレミアム8 『藤子・F・不二雄 ふしぎ大百科』を見ました。
先ず、以下番組見ながらのメモ。
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妻が見る藤子……――というより“藤本 弘”。
子どもの名前を出生届の〆切ギリギリまで考えたとか。
家族と仕事はキッチリ分けて 家族と過ごす時間を大切にしたり。
手作りおもちゃを作ったり。
フランダースの犬とか 子どもが悲しむ話は好まなかった。
『箱舟はいっぱい』という大人向けSF漫画。
岡田斗司夫氏:「どこに心を持っていくかで見え方が変わる。」
少年期のエピソード。
富山高岡に引っ越した安孫子先生。そこでの藤本少年との出会い。
戦争の終わり。
終戦での価値観の変遷。
藤本氏:「絶対的なものは何もない」と知る。
安孫子氏:「藤本氏はふしぎな話が好き。ふしぎというかメルヘン。(絵を描くのに、)キャラクターの全身が出てくる。」
手塚治虫の『来るべき世界』のエピソード。(1,000ページ描いたうちの使われたのは400ページ。)未収録原稿に触れる。
学校を出て一旦は就職するもすぐに辞めた藤本氏。
安孫子氏:「当時は就職したら 永久就職するようなもの」
そして藤本氏は『UTOPIA 最後の世界大戦』の執筆。
30−40代、大人向けのSF短編の制作。
70年代半ばからSFを。S(少し)F(フシギ)。
岡田斗司夫氏:「まさに“センス オブ ワンダー”。“驚異を感じる心”が藤子・F・不二雄 の短編マンガにあった。」
パーマンにあるSF。マントによる速度や、ヘルメットの質。など。
SFの本質そのもの。
『ミノタウロスの皿』。
岡田斗司夫氏:「絵を変えることなく、語り口を変えることで 大人向けの作品を描いている。」
70年代後半にはSFが一般的に認知される。
藤本氏の作品のSFには UFOが丸ではなく四角だったり。UFOも宇宙人も出てこなかったり。
『流血鬼』。 価値観の変換。
F先生、52歳。胃ガンが見つかる。
辛いとこは娘に見せたくない。
手術後、1987年。A氏とのコンビ解消。
安孫子氏:「子どもマンガが苦痛に。人間の暗い部分を〜…」
F氏として独立し、
雑用が一切できなかったということがわかる。
妻:「マンガしか描けない人だった。」
ドラえもんの大長編ものに熱意を注ぐ。
科学誌などからの裏付けを取ったり。
1996年。ねじ巻き都市の執筆中に。。。
チーフアシだったむぎわらしんたろうさん。
アイデアノートには構想やキーワードが散りばめられたものや、ノートの1ページを8ページに分割したものが描かれてあったり。
作画が出来なくなったF先生の代わりに上げていた藤子プロに原稿のチェックをする際、原稿のコマの周りに『のび太の部屋をらしく』などの指示が。
また、クオリティが上がることを望んだり。
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先ず、私はF先生の作品を全然知らないワケなんです。
オタキングさんが絶賛しておられましたが、『流血鬼』など、チラッと映っただけでかなり惹かれましたね。内容的に最近の『屍鬼』を思わせるようなものだったりね。
藤本先生が家族への愛情、子どもたちへの作品への愛情を感じられたとともに、本格SF作家としての 藤子・F・不二雄先生を知ることが出来ました。
この番組を見て、SFもののF先生の作品に対しての興味が出てきました。なにか読んでみたいですね。